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外壁塗装 名古屋の途中過程

針麻酔もまたオピオイドの放出を促す手技であり、あらかじめ麻薬桔抗薬を投与しておくと麻酔は効かない。 麻薬桔抗薬とは、構造がそっくりなので麻薬レセプターに結合するが、何も作用しない薬物である。
レセプターがこれに占拠されているため、オピオイドが放出されても働きようがないのだ。 この麻薬桔抗薬の投与を参加者に義務づけたら、マラソンという競技は成立しない。
修行僧に与えたら解脱など夢のまた夢である。 内因性の覚醒剤・麻薬と並んだから、ついでに内因性幻覚剤(サイケデリック薬)の紹介もしておこう。

セロトニンだ。 もっとも、これについてはまだほとんど解明が進んでいないが、日本では法律上やはり麻薬として扱われる強力な幻覚剤のLSDがセロトニンの骨格を分子構造に含み、セロトニンレセプターに結合することからも、セロトニンの「異常」放出がサイケデリック作用と結びつくのは確かである。
したがって、セロトニン産生ニューロンであるB系列の上行性のものと、セロトニンレセプターを備えるニューロンと入力シナプスを形成し、脳内に広く投射するノルアドレナリンニューロンのA6神経に要注目である。 これらが活動すると、インプットはされたものの神経回路の暗闇に死蔵されているデータが掘り起こされ、処理回路に送り込まれるのではないか。
このあたりのことが神経科学的に確かめられたら、夢、幻覚、はやりの臨死体験、霊能力などのメカニズムが二つの快感物質のうち、オピオイドはある種の単細胞生物でさえも合成していることが知られている。 麻薬レセプターの発見者で、発見当時はジョンズ・ホプキンス大学の高名な神経科学・薬理学者ソロモン・スナイダーの下で学ぶ院生だったキャンダシー・パートは、「原生動物に対してもオピオイドは人間の場合と同様に摂食を誘発する」と語っているが、動物種のなかではかなり普遍的な情報伝達物質なのだ。
これに反して、ドーパミンが重要な役割を担うようになるのは、高等な脊椎動物になってかららしい(おそらく、好奇心を発揮する魚の脳では、ドーパミンではなくノルアドレナリンが働いている)。 そして哨乳類でも高等になればなるほど、大脳内のドーパミン分布のウエイトが大脳基底核から前頭葉・側頭葉に移る。
さあ、そろそろ脳と文明の関係を整理しよう。 引き伸ばされ、軸索終末の分布が広がったAV神経が特別に過剰に放出するドーパミンの海で過剰覚醒する前頭連合野、これがヒトという生物種の際限のない好奇心の根源である。
実際、人間はAVのモザイクに隠されたものから宇宙の始一挙に明らかになるにちがいない。 シャーリー・マクレーンのチャネリングなど、子どもっぽい脳の中で生まれたあまり出来のよくない「化学製品」にすぎないことがわかるはずだ。
他の動物にくらべて桁外れに強いこの好奇心を知的関心と呼んでもいい。 痴も知のヴァージョンの一つであり、裏ビデオも宇宙論もラットから見れば同じようにバカバカしく、生物として生存するためには不要のものだからである。
そして、知的なればこそ、満たされずにはすまない好奇心の結果として、諸科学やさまざまな技術、思想や芸術や宗教といった人間の英知と称されるものが生まれる。 戦争や犯罪は「マイナスの英知」である。

これを可能にしたのが、他の動物とくらべると奇形的に巨大化した脳、とくに大脳皮質であり、脳の巨大化と相互作用的に運動性を増強した手である。 大脳皮質の複雑化した神経回路は、物事を意味づけ、分析し、組み換え、統合することができる。
手はその脳内現象を外在化することができる。 これらの作業過程をオピオイド由来の快感がバックアップする。
外在化された脳内現象こそ文明にほかならない。 なんのことはない。
文明はドーパミン過剰すなわち内なる覚醒剤中毒と、オピオイド依存すなわち内なる麻薬中毒の産物なのだ。 それは生存よりも快感に傾斜する欠陥脳が生み出したものだから、やはり欠陥品であることを免れない。
いささか過激に聞こえたかもしれないが、そんなことはないのだ。 実は、ラウテンバーグの実験からこの結論を導くヒントになったのは、ドーパミン過剰が創造性の根源だとするO氏(の「創造性の仮説」であった。
面白いと思って参照されている原論文のいくつかを当たっているうちにますます面白くなり、このところやけに元気なある週刊誌に、O氏を監修者に引っ張り出して記事を組んだ。 創造性というポジティブな概念を激しく逸脱し、文明は内なる麻薬中毒だと断じたのである。

それでも快く監修を引き受けてくれたO氏からは掲載後に「創造性の仮説を提唱するとき、創造性をとるか好奇心をとるかは、ずいぶん迷ったところだった」という手紙を頂戴した。 見える人には見えているのだよ。
このところ考えているのは、二重の内因性薬物依存の産物である文明に、オピォィド型とドーパミン型があるのではないかという仮説である。 もちろん、単純に2分できるものではないが、たとえば、一所懸命粒粒辛苦堅忍不抜刻苦勉励粉骨砕身が美徳とされた高度成長以前の日本はオピオイド型だろう。
ただ、織田信長のような明らかなドーパミン型の人物もいたし、近世の江戸や上方の町人文化のなかにもオピオイド型でくくれぬ部分がある。 あるいは、文化はともかく文明は、ドーパミン主導型でなければ成立しないのではないかという気もする。
脳のシステムからいって不思議はないし、ヨーロッパ文明の展開は、ドーパミン型がしだいにその勢力圏を広げていったものととらえることができそうだ。 勤勉、倫理性、合理主義、というプロテスタンティズムは、そのドーパミン型文明を部分的にオピオィド型に軌道修正したように見えるが、本質は違う。
ドーパミン型文明をより活性化するのに有用なオピオイド型の要素を「取り込んだ」と見るべきである。 今日、ほとんど地球を覆うに至った現代文明はこのタイプなのだ。
これは一歩まちがうとナチズムのような合理的にして熱狂的という、それなりにみごとな鬼っ子を生み出す。 みごと?そうだ。
カトリック圏のファシズムがどこか間が抜けているのとくらべてみればよい。 ナチズムはエコロジー思想もちゃんと準備したし。
そして、いまだオピオィド型が多数派である社会を、社会主義と名のる修正プロテスタンティズムで強引に統合しようとしたのがレーニニズム、スターリニズムであった。 これはどうやら、ひどくまずい選択だったようだ。

スターリン亡きあとのソ連‐ロシアには、もはやバアタリズム以外に主導的イデオロギーはない。 バアタリズム?いや場当たり主義だった。
オピオィド型文化とドーパミン型文化・文明をくらべると、前者のほうが環境低負荷ではある。 しかし、その社会がドーパミン型への揺れを抑圧して成立していると、何かのきっかけでとんでもない反動が噴出することがある。
石原慎太郎氏は認めないだろうが、中国大陸で「天皇の軍隊」が行なった残虐行為は、ドーパミンの高波にさらわれたオピオイド型人間の悲劇だったのではないか。 栗本慎一郎氏も指摘しているように、心やきしき仏教徒の国カンボジアに吹き荒れたポル・ポト派の暴虐にも、似たような脳内の分子生理学的現象があっただろう。
文明をどうこうしようというからには、このへんまでは視線が届いていなければなるまい。

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